みなさん、こんにちは。あきらです。
前半では、運のあり方が「私たちの認識のあり方」と深く結びついていることを見てきました。
では、もう少し踏み込んで考えてみましょう。
運がいい人たちは、人間関係のなかで、どのような姿勢を持っているのでしょうか。
プレジデントムックの調査では、「運を良くするために心がけていること」を尋ねたところ、「自分は運がいい」と答えた人ほど「夫婦関係をよくしていく」「職場での人間関係をよくしていく」という項目に高い意識を向けていることがわかりました。
ここで、哲学者マルティン・ブーバーの言葉を思い浮かべてみます。
彼は、人間関係には二つのあり方があると言いました。
相手を「それ」として扱う関係と、相手を「なんじ」として向き合う関係です。
運がいいと感じる人たちは、後者の「私と汝」の関係を、大切にしようとしているように見えます。
計算や損得ではなく、ただ相手の存在を肯定する姿勢。
その姿勢が、周囲に静かな信頼を生み出し、結果として「幸運のメッセンジャー」と呼べるような出会いや機会を引き寄せているのかもしれません。
しかし、どんなに人間関係を大切にしていても、人生にはどうしようもない不運が訪れることがあります。
ここで、もう一つの大きな違いが出てきます。
それは「不運をどのように解釈するか」という点です。
運が悪いと感じる人たちは、一度不運に見舞われると、「なぜ自分だけが」とその原因をいつまでも追いかけてしまいがちです。
一方で、運がいいと感じる人たちは、起きた出来事を「これは次への教訓かもしれない」「この程度で済んで良かった」と、比較的早く再解釈しているように見えます。
16世紀の思想家マキャベリは、運命を「猛威を振るう川」に喩えました。
川の氾濫を完全に止めることはできないけれども、人間はあらかじめ堤防を築くことで、その被害を小さくし、時にはその水を恵みに変えることができる——そう考えたのです。
ニーチェが「アモル・ファティ(運命愛)」と呼んだ態度も、同じようなことを示しているように思います。
与えられた運命をただ嘆くのではなく、それを自分の成長の糧として受け入れ、愛そうとする姿勢。
その姿勢が、再び行動を起こすための力を生み出しているのではないでしょうか。
さらに、プレジデントムックの調査では、ピンチの瞬間に無意識に出てくる言葉にも、はっきりとした違いがありました。
運がいいと感じる人たちは、
**「必ずうまくいく」
「ピンチはチャンス」
「なるようになる」**
といった前向きな言葉を、心の中で繰り返している傾向があったのです。
言葉は、ただの音ではありません。
私たちがどのような言葉で世界を語るかによって、私たちの脳の状態も、行動の選択も、静かに変わっていく。
そのことを、改めて感じさせられます。
ここで、少し立ち止まって自分に問いかけてみてください。
あなたは今、困ったときやピンチのときに、どのような言葉を自分にかけているでしょうか。
もし「運を良くしたい」と願うなら、特別なことをする必要はないのかもしれません。
ただ、自分の認識のあり方に少しだけ目を向け、 周囲の人との関係を丁寧に扱い、 起きた出来事を少し優しい目で解釈し直してみる。
その小さな積み重ねが、気づかないうちに「運がいい人」と呼ばれる状態を作り出していく——そう思うのです。
あなたは今、どんなふうに世界を見ていますか。
そして、どんな言葉を自分にかけていますか。
あきら
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