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7月25日、午前。
眩しい日差しで目が覚める。
平日はあれほど楽しみにしていたはずの週末が、実際にやってきた。
「今日は観たかった映画を観よう」
「本を読もう」
「あそこへ出かけよう」
頭の中でリストアップしていたはずの時間が、目の前にある。
でも、いざその前に立つと、動画を1本選ぶことすら億劫で、スマホの画面をただ意味もなくスクロールし、時間だけが過ぎていく。
そんな自分に対して、 「せっかくの休みなのに、楽しむことすらできないのか」 と、虚無感や微かな自己嫌悪を覚えてはいないだろうか。
冷静に考えてみると、現代における「娯楽」や「レジャー」の多くは、実はかなりのコストを伴う行為だ。
選択肢が多すぎる。
情報量が多すぎる。
「ちゃんと楽しまなきゃ」
「有意義に過ごさなきゃ」という無言の圧力も強い。
平日の労働で脳のリソースをほぼ使い果たしたあなたにとって、 世間が押し付ける「楽しむこと」すら、今の身体には重すぎる負担になっている。
だからこそ、この土曜日の午前に執行すべきディシプリンは、こうだ。
「楽しまなければならない」という強迫観念を、今すぐ手放すこと。
観たかった動画も、やりたかった趣味も、すべてテーブルの上に放置していい。
何かを選び、感情を動かすコストすら削ぎ落とし、 ただの「無」としてこの土曜の午前をやり過ごすこと。
**世間の「週末を謳歌せよ」という空気を、静かに無視する。
何も選択しない、不生産的な静寂のなかに佇むこと。**
それが、過剰な情報と選択肢に晒された脳を守り抜くための、 最も現実的で、気高い防衛になる。
あきらの一人ディシプリン(規律・訓練)は、 土曜に娯楽すら重荷に感じ、何もせずにいるだけのあなたを、心から肯定します。
あきら
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